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ユダの恋愛

 愛しているという言葉に意味は無かった。何度も言おうとしたけれど、その度、不安がよぎった。
 この恋愛も陳腐なメロドラマで終わってしまうのだろうか?
 私は普遍的でそして新しく、異端な恋愛が欲しかった。異端な愛が欲しかった。まるでユダのように、私は異端者でありたかったのだ。異端者であるには異端的な愛が必要だ。ただ、愛しているという言葉は世間に溢れすぎていて、その言葉を口にしたら、全てが瓦解すると。そう、感じていたのだ。
 そんな恋愛観を中学時代から持っている私は、結局三十二になった今でも独身である。そして昨日、恋人にふられた。
「君はいつでも僕を大事にしてくれていたけど、一度も愛しているとは言ってくれなかったね。つまりはそういうことなんだろう?」
 いいえ、とは答えられなかった。正しい答えはいいえ、なのだけれど、それを言ってしまったら愛していることがわかってしまう。いや、それはわかってもらって構わないし、むしろ日常の中で私が口に、言葉に出さなかっただけで愛していなかったわけではないのだ。それが、伝わっていなかった。それが何よりもショックで、そして、いいえと答えたら必然的に愛していると口に声に出さなければいけなくなるだろう。
 形あるものは、いつか壊れるのだ。
 だから私は黙った。彼はそれが君の答えなんだねと言って、私の部屋から出て行った。
 外では、初雪がちらついていた。


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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

鈍感片思い(リア充爆発)

暗闇の底にいた。寂しさは不思議となかった。ただ、冷たかった、それだけ。
「久能くん、授業、終わってる」
 どうやら寝ていたらしい僕は、血の気のなくなった腕から顔を起して、自分に声をかけてくれた人物を見る。色素の抜かれた明るい髪、丸い瞳、小さな唇。
 同じクラスの本庄舞だった。
「あー……腕、しびれた」
「そりゃそうだよ、そんな姿勢で二時間もぶっ続けで寝てたら」
「ばれてた?」
「むしろ隣の席でどうしてばれないと思うの?」
 そりゃ確かに。頭はまだ胡乱なようだ。僕はできる限りゆっくりと、痺れた腕を動かして状態を起こす。あくびがでた。
「よくそんなに寝ていられるよね。寝不足?」
「昨日兄貴が帰ってきてさ。一晩中話につきあわされた。あー頭いてー」
「二日酔いでしょう」
 本庄は冷めた顔して、腕を組んでいる。窘められた気がするのは気のせいじゃない。
「酒くさい?」
「朝はちょっとね。今はそうでもないけど」
「ふうん。ところで、教室誰もいないね」
「だってみんな帰ったもの」
「本庄はどうして帰っていないの?」
 冷めた瞳が僕を見る。しばらく視線を絡ませ合ったまま、先に本庄が折れて溜め息をついた。
「わからないなら、いい」「なんだよ、言えよ」
「やだ。それより早く帰ったら?」
 僕は軽く返事をして、通学かばんの中身を確かめる。ちなみに腕はまだしびれている。痛い。本庄は既に肩にバッグをかけていた。
「腕痺れてる。本庄こそ帰りなよ。ほら、外」
「外?」
 僕の視線につられて本庄も外を見る。外には当たり前にグラウンド。でもその先には、綺麗な夕焼けがビルに沈もうとしている。
 本庄は何も言わない。見惚れているんだろうか。横顔は動かない。僕は、おそらくマスカラで嵩増しされた長い睫毛を眺める。瞳が夕日を映してきらきらしている。
 しばらくお互い何もしゃべらなかった。僕は本庄を眺めていたし、本庄は夕日を眺めていたし。
 そうこうしているうちに腕の痺れも抜けたので鞄のチャックを閉めて肩にかける。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
 僕の言葉に、じっと夕日を眺めたまま固まっていた本庄が僕を見る。瞳が茶色い。
「一緒に?」
「え?」
「だから、一緒に帰る?」
 一瞬何のことかわからなかった。僕としてはここまで同じ時間を過ごしていたんだし、時間も時間だし、タイミングもタイミングだし、一緒に帰るのは当然だと思っていたのだ。改めて聞かれるようなことじゃない。
「うん。本庄が、嫌じゃないなら」
 その時本庄が軽く笑った。グロスの光る唇を緩えめて、頬を緩めて、大きな瞳を緩めて。
 僕は、そういう穏やかに笑う本庄が好きだった。あーちくしょー。
「嫌じゃない」
「そう。なら、帰りますか」
「帰りましょう」
 隣に来る本庄から薄く香水の匂いがする。その匂いすら好きだと思うんだから、割と真剣なんだと思う。
 ああ、僕の片思いはいつまで続くんだろう。
 そんなことを思いながら、僕たちは並んで歩きだした。



______________________________


久しぶりな更新が短編掌編ですよ。
みんなもうここの存在忘れてるかな★←


窮屈な眼鏡の更新をしないといけないんですが、アレですね。
いっぺんにアップしたい。量的に誰も読んでくれない。
ぶっちゃけるよ?

めんどくさい。


あはーん。


今はシナリオというか脚本のお仕事もらってバカにしてんのなめてんのって感じです。
プロット四行とか……。
文字書きはね、そういうね無茶ぶりが多いよね。

がんばります。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

書き込めない

なぜだか下書き保存からの公開ができない。どうしてですか。新規でもだめなのか、試し中。

テーマ : どーでもいいこと。
ジャンル : ブログ

窮屈な眼鏡(8)

 浴室から半裸で戻ってきた宏隆に、香苗はいとも簡単にベッドに追いやられ、服を剥がされた。素早いのに優しい手つきに、香苗は感心さえした。栄治とのそれよりも遥かに濃厚なキスを交わしていれば、いつの間にか香苗の胸元のブラジャーは緩んで、ほんのり浮き上がった白い山が二つ丸見えになっている。その膨らみを宏隆の舌でいじられれば、香苗はいじらしい声が吐息と共に漏れ出す。ゆっくりと舐めていたかと思うと、急に激しくなり、香苗が荒い鳴き声をあげれば再び舌の動きは緩やかに戻る。
 ダブルベッドの上で、香苗の高く切ない鳴き声だけがよく響いていた。香苗は自分のその声がどこから出ているのかわからない。出所の知れないその声に、自分自身で酔ってしまう。
 たっぷりふたつの胸を唾液で汚した後、宏隆は香苗の唇に、それまで胸を愛撫していた舌を挿入する。唇の中まで淫らに汚しながら、宏隆は香苗のブラジャーを抜き取る。
 白い肌に、レースをふんだんにあしらった紺のパンツだけが香苗の纏う唯一の衣服だ。しかしそれが無くなるのも時間の問題だ。
 口内の中を激しく踊る宏隆の舌に、香苗は鼻から声が抜けていく。香苗の声にうっとしとした表情を浮かべながら、宏隆は舌の挿入を止めない。唇の内側、舌の奥、歯茎と、まるで脈絡もないように見せかけてしっかり香苗の性感帯を舐め上げる。舌はそのままで、手は胸の膨らみへ。膨らみの上、突起に指が触れた途端、香苗はびくりと振動する。
 振動を切っ掛けに、宏隆はよくうねる舌を唇から横へと移動させていく。手は胸の突起をいじり倒している状態のまま、宏隆の生暖かい舌が首筋をそうっと舐め上げる。新しい快感に、香苗の背中がのけぞった。そのまま、舌は香苗の耳へと侵入していく。香苗は耳の奥で唾液が立てる音に、自身の喘ぎ声すら聞こえなくなった。香苗の、未だ触れられていない場所が熱を増していく。触れて欲しくてたまらないのに、おねだりをする暇さえ与えられない。
 香苗の声が大きく、高く切なさを増すにつれて宏隆の手も下へと伸びて行った。香苗は耳の奥で立てられる卑猥な音色と、遠く聞こえる自身の切ない鳴き声に意識が朦朧としてくる。宏隆の手がやっと香苗の大事な穴へ触れた瞬間、まるで脊髄に蜂蜜を流されたような甘い感覚が香苗を襲った。香苗が一際大きな鳴き声をあげる。
「ごめんね、こっちもいじってあげなくて。香苗の可愛いお口がいっぱい泣いてる」
 宏隆の指が香苗の中心をぬめる。そのぬらりとした動きがさらに香苗を刺激する。もう、血液は全部蜂蜜になってしまったんじゃないだろうか。じゃなければ、こんなに溢れ出している、ぬるりとした液体は何だというのだ。
 香苗の蜂蜜をすくいながら、そこも優しく撫でる。滑りが良くなった香苗の中心はさらに熱を増している。体内の疼きが増していく。
「あ、ひろ、もう」
「まだだめ」
 宏隆は笑って言って、香苗の唇を塞ぎながら、中心に指を差し込んだ。香苗の身体に甘い雷が駆け抜ける。荒々しく香苗の急所を撫で、突き、香苗が酸欠と快感に限界を感じた時、宏隆は香苗の中から指を抜いた。抜かれた瞬間にすら、香苗は身体を痙攣させる。
 唇ごと宏隆の身体が離れた。
「もう限界」
 言いながらスラックスを脱ぎ捨てる。
 整う様子を見せない荒い呼吸の間に、香苗も言葉を返した。「私も、もう」
「着替えは持ってきたよね」
 宏隆の確認に香苗は頷く。と、覆いかぶさった宏隆は下着を脱がす手間も惜しんで、自分の中心を香苗の中心にこすりつける。香苗は襲いくる快感に意識を奪われそうになりながら、かろうじて笑んだ。
「ねえ」
 今、もう香苗の体内に自分の熱くなったそれをねじ込もうとしていた宏隆が香苗を見やる。「どうした?」
「私のこと、好き?」
 香苗は、笑って聞いた。蒸気した頬に、半開きの瞳。質問は誘い文句にしか聞こえない。
 宏隆はそれまでの野獣な表情を一瞬で捨てて香苗に微笑みかけた。
「好きだよ、大好きだ。檻に閉じ込めておきたいくらい」
「なあに、それ。ペットみたい、ね」
「大丈夫。ちゃんと毎日愛してあげるし、美味しいごはんも綺麗な洋服も用意してあげる」
 冗談だ。そんなことはお互いわかっている。それでも、香苗は思った。
「私、愛玩動物なの、ね」息はまだ荒い。「ねえ、キスしながら、いれて」
 香苗のお願いに宏隆は、野獣と紳士を混ぜた微笑を投げかけた。
「好きだよ、香苗」
 香苗が答える前に唇は塞がれ、貫かれた身体は、甘美な電流で感電死しそうだった。
 
 行為が終わってから、香苗は重い腰を引きずって浴室のドアを開けた。汗と唾液と自分が流した粘液を早く洗い流したい。宏隆の部屋はどこも冷房が行き届いていたが、それでもべたついた身体は気持ちが悪い。
 一緒に入りたがる宏隆にはアイスティーの用意を申し付けて退散させた。宏隆は一人上手で、色々なことに手を染める。コーヒーメーカーも紅茶のポットもブランド物だ。一時期飲み物を自作することにのめり込んで買ったらしい。アルコール飲料用にはシェイカーもマドラーも揃っている。最近は作っていないと言っていた。アルコールには二十代の頃にのめりこんだらしい。今ではシェイカーもマドラーも、その他の器具も食器棚の奥に仕舞い込まれている。
 宏隆は圭介と違い、大学を卒業してからずっと同じ会社の営業をやっていると、香苗は聞いている。仕事が圭介よりも忙しいのはそれだけ業績を伸ばしたいからだ。お金は心を裕福にするよ。それを聞いたのはいつだったか。買い物に出かけた時だったか、それともこのマンションを購入した時だったか。宏隆は本心からの笑顔でそう言っていたのを覚えている。
 香苗はシャワーの蛇口をひねり、頭から浴びた。思っていたより暑かったので温度を下げる。宏隆は湯船に湯を張っていたが、暑さとだるさで、とても入る気にはなれない。何より、香苗は湯船よりもシャワーの方が好きなのだ。この行為の後は特に。全てを排水溝に流してくれる気がする。醜さも、汚れも、快感も、行為の後の虚しさも全部。
 香苗の髪は打ち付けるシャワーのおかげですっかりウェーブも取れている。下に垂れ下がる茶色い髪は、緩やかな波を排除してしまえば傷みがよく目立つ。香苗は傷んだ自分の髪を弄びながら雨音に似たシャワーの音色を聞いていた。浴室を出たら、美容院に行きたいと言ってみよう。宏隆はその願いを聞き入れるはずだ。宏隆は、香苗に甘い。それは本当に、ペットに対するかのように。
 香苗は自分が選び、宏隆が買ったシャンプーを手に取り頭を洗った。宏隆と同じ匂いのものは使わない。人間という生き物は、自分達が思っている異常に嗅覚が優れている。特に、男女間において匂いはとても大きな問題だと香苗は考えている。
 宏隆と違う匂いのものならなんでもよかった。帰宅した際に、宏隆と同じ匂いを漂わせていることを、兄である圭介に知られるのは頂けない。
 圭介は香苗と宏隆の仲を知らない。頻繁に会っていることも、性交渉をしていることも、何も知らない。圭介が知っているのは、香苗には年下の彼氏がいるということだけなのだ。友人と撮ったプリクラの画像を見せた時、栄治との物も紛れていた。だから圭介は知っている。けれど、宏隆とのことは、何も知らない。
 知ればどうなるだろう。香苗は時折考える。圭介が、自分の妹と、自分の先輩が男女という関係にあると知ったらどうなるだろう。仕事に差し支えるか、それともより仲良くなるのか。
 香苗にはうまく予想ができなかった。圭介に連れられて香苗の家に来る宏隆はいつだって少し控えめに、しかし圭介には気を許した友人のように笑っている。実際、友人なのだろう。先輩後輩というだけには見えないし、宏隆が圭介を後輩として可愛がっている様子もない。対等に笑い合っている気がする。
 だからこそ、香苗は絶対に家族には知られたくなかった。知られて、調和している家族の輪が乱れるのは嫌だ。その原因が自分なのならば、尚更。
 香苗は缶ビールを傾けていた兄の姿を思い出す。それは、とても平和な姿のように、香苗には思えた。呆けた顔で垂れ流しのテレビを見ながら、ゆったりとした時間の中で缶ビールを飲んでいる兄。
 朝見送りしてくれる母親。香苗よりも早く家を出て、休日は、やはり圭介と同じようにゆったりした時間に身を委ねている父親。時間さえ合えば家族四人でテーブルを囲み、団欒することもある。
 その家族の在り方は平和な世界として完結している。そのことに、香苗には不満もない。
 ならばどうして自分はここにいるのだろう。
 考えながら、香苗は自嘲した。理由など、簡単じゃないか。
 自嘲の笑みは浴室内に立ち込める湯気で、陽炎のように不確かに揺れていた。
 香苗はシャワーを終えると、宏隆の家に置きっぱなしの寝巻きに着替えた。脱衣所に置いてあった眼鏡も再び身につける。ぼやけていた世界の輪郭がはっきりとしてくる。
 衣類の匂いにも香苗は気を使っていて、置きっぱなしでも、絶対に宏隆の服と同じ場所には仕舞わないし、選択も特別にクリーニングをお願いしている。宏隆に買い与えられた淡いブルーの寝巻きを初めて着た時、香苗は理由も言わず、クリーニングに出しておいてと宏隆に伝えた。宏隆は何も聞かなかった。何も聞かず、言われた通りにしてくれている。そのおかげで香苗は一度も宏隆と同じ匂いを自宅に持ち帰らずに済んでいる。
 香苗がリビングに向かえば、言いつけ通りアイスティーが用意されていた。芳香剤の香りしかなかった室内に、やっと人並みの温かさが灯る。
「早かったね。いま冷やし終えたところだよ」
 宏隆の淹れるアイスティーは、上等な喫茶店と並ぶ程度には美味しい。香苗はそれを気に入っていた。氷を直接入れて冷やさずに、急ぐ場合は紅茶を入れた容器を、氷水の中で冷却させる手間を惜しまない。だから、香りが逃げない。
「シャワーだけで済ませちゃった」
「なんだ。せっかくお風呂もいれておいたのに」
「宏隆が入れば?」
「一緒にこれを飲んだら、俺も入るよ。もう遅いしね」
 質素なリビングには時計がない。それでも、香苗が浴室を出る時、浴室のディスプレイが表示していた時間は深夜も二時を回っていた。
「先に寝ていてもいい?」
 香苗はやわらかいソファに腰掛けながら訊ねた。目の前には、ガラスでできたローテーブルと、爽やかな香りのアイスティーが二つ。トランクスにシャツを着ただけの宏隆が隣に座り、ソファがさらに深く沈む。
「いいよ。明日は何時に起きるの?」
「いつもと同じ。七時に起きれば間に合うわ」
「じゃあ目覚ましの用意、よろしく」
 わかった、香苗は答えながらアイスティーに手を伸ばす。火照った身体の芯が冷やされて心地良い。前回香苗が飲んだ紅茶とは、また少し味が違うと思った。
「紅茶、変えたの?」
「変えてないよ。カモミールをちょっと足しただけ。一応ね、寝る前だし」
 答えながら宏隆もアイスティーを口に運ぶ。
「気が利くのね」
「ジェントルマンだからね」
「暇人の間違いじゃないの?」
「そう言ってしまったら格好悪いだろう」
「なあに、それ。宏隆は自分が格好いいと思っているの?」
 挑発を滲ませた笑みを向ける。宏隆は横目でその笑みを見ただけで、正面からは受け止めなかった。
「並よりは上だと思っているけど」
「随分なナルシストぶりね」
「香苗は格好悪い男とセックスしたいと思わないだろう」
 腹を探り合う会話。香苗はそれが楽しくて、身体は疲れているのに、心は娯楽で高揚している。
「どうしてそう思うのかしら。もしかしたら、格好悪い男ともセックスしているかもしれないわよ」
「それはないね」
「言い切る理由は?」
 香苗の問いに、宏隆はグラスをテーブルに置いた。ガラスのぶつかる音が上質な音楽の様に音叉する。美しい音は。安物ではない証拠だ。グラスから離した手はゆっくりと香苗の頬に向かう。
 宏隆の手が香苗の頬を撫でた。
「だって、香苗はプライドが高いじゃないか」
 労わるような手つきに、香苗は笑おうとした。笑おうとしたのに、表情筋は自分の理想通りに動いてくれない。セックスの後、宏隆の瞳はいつも穏やかになる。女を食らって、空腹が満たされて満足しているのだ。その瞳の中に余裕を見つけて、香苗は、益々笑えなくなった。宏隆の余裕の部分に、自分の独白が入り込めるスペースを見つけてしまったから。
「そうね。きっと、そうなのよね」
 返事はない。宏隆は笑顔のまま、俯いた香苗を愛でている。
 香苗は自らの頬に触れている、大きな手のひらに自分の手を重ねた。温度に任せて目を閉じる。グラスで冷えていた手のひらは、すぐに宏隆の温度を吸収して温かさを取り戻す。
 香苗は目を閉じながら、眼鏡を取って目を開ける。レンズを通さない世界では、宏隆の表情も見えない。
 自分が見えないだけで、相手には絶対に見えている。理屈ではわかっていても、感覚の中では、自分の視界さえぼやければ、すべてが曖昧になる気がした。曖昧になって、見透かされない気が、した。
「それを飲んだらもうおやすみ。明日は平日だ」
「宏隆の方こそ、仕事があるくせに」
「成長期を過ぎればね、睡眠時間は短くなるものだよ」
「やだ、オヤジくさい」
 手の中に眼鏡を納めたままの香苗に、宏隆が小さなキスをした。近づいたおかげで、少しだけ、笑っている雰囲気だけが見えた。
「さ、俺もお風呂入って来るよ。ひとりで寝られる?」
 立ち上がると同時に、頬の温度も離れていく。
「こどもじゃないわ」
「じゃあ朝ごはんも作ってくれる?」
「どうしてそうなるのよ」
「夫婦みたいでおもしろいと思わないかい?」
「さっさと入らないと、眠る時間なくなるわよ」
 それは困るな。全く困っていない口調で言って、宏隆はリビングを出て行った。香苗は最後まで眼鏡をしなかった。
 見透かされるのは、嫌いだ。体内を覗かれているようで、居心地が悪くなる。
 香苗はドアの開く音を聞いて、眼鏡をかけた。化粧を落としてしまえばレンズに当たらない睫毛に、どことなく惨めさを感じた。



テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

窮屈な眼鏡(7)

 香苗がお風呂を済ませて自室に戻ると、携帯電話のランプが赤く点灯している。着信のあった証拠だ。香苗は濡れた髪のまま携帯を手に取った。
 着信、二件。林田宏隆。
 留守番電話に伝言はなかった。携帯電話の中では夜中の十二時を過ぎたことを知らせる数字が並んでいる。香苗は迷ったが、結局、折り返すことにした。
 呼び出し音が一回鳴り終わらないうちに相手がでた。
「ずいぶん、ほったらかしにしてくれるのね」
「圭介がいるんだから、わからないかな。最近忙しいんだ」
 機械を媒体にして、低く、しっとりとした声が耳に馴染む。
「それでも、連絡ぐらいくれないと、忘れてしまうわ」
「連絡じゃなくて、会わないと、だろう? お姫様」
「お姫様だなんて思っていないくせに」
「思っているよ。こんなに可愛いのだからね。さっき、仕事が終わったんだ。実は今運転中で、おまわりに見つかると大変困る」
「じゃあ、早く私の望んでいる言葉を言ったら?」
 挑発に、宏隆の薄い笑い声が聞こえた。
「今からお迎えに上がりますよ、お姫様」
「着替えて待ってる」
 それだけ言って香苗は通話を終了させた。香苗は宏隆と喋る時、いつもとは違う口調になる。自分でもどうしてだかはわからない。無意識に、大人の男に合わせているのかもしれなかった。これから宏隆が会いに来るのだと思うと、時間は気になるものの、体内で渇いていた何かが潤ってくるのを感じた。夜のうちに戻ればいいと思う反面、男に抱かれて朝を迎えたい願望もある。宏隆は朝まで傍にいることを望んでくれるだろうか。答えは明白だ。友人に呼ばれたと嘘の書置きをしておこうと決心し、引き出しに手をかけた。何を着ようか。
 結局、半そでのパフスリーブに、エスニックなマキシ丈ワンピースを着込んだ。上着には赤いカーディガンを選び、それを着る前にもう一度脱衣所へと向かった。髪が濡れたままではいけない。それから、化粧もしなければ。
 お風呂で化粧を落とした後に再び化粧をするのは億劫だが、外出するのだ。薄い眉で外を歩くわけにはいかない。香苗はみっともない姿で外に出るのは嫌だった。相手が男なら、尚更だ。
 これから香苗の家に向かうとすると、一時間もかからないだろう。香苗はパーマを崩さないよう念入りにドライヤーをしながら、どこまで化粧をするべきか、帰宅は何時になるだろうか考えていた。
 やっぱり、奈緒に呼ばれたことにしよう。
 香苗は嘘の書置きの文章を頭の中で練りながら、鏡に映る自分を見ていた。影を湛えた笑みが映っていた。
 幸いなことに、香苗の両親は夜の外出に対して寛容だった。香苗が嘘をつくはずがないと信じているのか、それとも嘘だとわかっていて認めているのか。香苗にはわからない。それでも香苗の成績が下がることなく、学校も真面目に通っている限り、夜の外出に関して何か言われることはないだろう。香苗の母は今年で五十三、父は五十六だ。決して若いと言えるような年齢ではない。圭介が若い頃はまだ覇気があった。よく怒鳴られていたのを、香苗もよく覚えている。しかし長子と九つも違えば衰退だってやってくる。実際は、認めているというよりは叱ることにも過保護に構うことにも疲れているのだろう。
 香苗は通学鞄に明日の授業で使う教材、筆記用具、化粧道具を詰めた。雑誌の付録についてきたトートバッグには制服を入れる。ローファーはそちらに入りそうにないので、家を出るついでに通学鞄にねじ込めばいい。書置きは、リビングに残してきた。
 香苗は準備を終えてベッドに腰掛けた。そろそろ電話が来るはずだ。待っている時間は、何かをしている時間よりも遥かに体感が長い。栄治がゲームセンターで獲得してきたキャラクター物の掛け時計を見た。針は通常営業の筈なのに、怠けてゆっくり動いているように感じた。早く電話が来ればいい。そうすれば、夜の仮面を被ることができる。栄治と居る時とは対照的な、暗くて、醜くて、だらしない仮面に身を委ねてしまえる。電話が来れば香苗のスイッチが切り替わる。自分では切り替えることのできないスイッチを押すのは、いつだって携帯電話なのだ。
 午前零時五十分。香苗の携帯電話が震えた。香苗は震える携帯電話をわざと持て余してから、ゆっくりと通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「着いたよ。いつもの場所に止めてある」
「わかった。すぐ行く」
「ところでさっきは聞き忘れたけど、今夜はシンデレラガール?」
 途中で帰ってしまうのかという意味だ。声の表情から、言葉の裏を感じ取って、香苗は予想通りの宏隆の語調に笑んだ。
「今夜は、朝までガール」
「了解。じゃあ、着替えを忘れずに」
「もちろん。じゃあ、待っててね」
 はあい、間延びした宏隆の声を聞いて通話を切る。電話をしながらすでに立ち上がっていた香苗は、鞄、トートバッグを攫って静かに部屋を出た。親を起こさないように、慎重に歩く。
 香苗がマンションを抜けると、すぐ目の前の道路に見慣れた白い車が止まっていた。宏隆の車である。すぐに香苗を見つけた宏隆が、運転席から身を乗り出して助手席の扉を開く。
「遅くなってごめんね」
 いかにも仕事帰りなねずみ色のスーツだが、黒いネクタイは緩められている。髪型だけは、ボリュームを抑えた仕事用のままだ。
「髪」
 乗り込みながら、香苗は言った。
「髪?」
「そうしていると、老けて見える」
「そういえば、会社からでて、いじっている余裕もなかったからな」
 香苗は足元に荷物を置いてから、前髪を掴んで引っ張っている宏隆の頭を乱暴に撫でた。
「うわ、ちょっと」
「ほら、無造作ヘアーのできあがり。こっちの方が好きよ」
「そりゃどうも。シートベルト締めてね」
「はいはい。ごはんは食べたの?」
 香苗がドアを閉めると、すぐに車は動き出した。
「営業でまわっている途中に済ませたよ。まさかこんなに遅くなるとは思わなかったけどね」
 閑静な住宅街に車の音が響く。速度を出さなくても、日付も超えた住宅街にとってそれは大きな音と同じ意味を持つ。香苗は窓からマンションを覗こうとしたが、自分の家がどこなのかわからない。遠ざかっていく自宅に、香苗は確認を諦めた。どうせ、起きやしない。今までだって一度も、車の発進と同時に電気が点いたことなどないのだから。
「こんなに遅くまで一体どこの会社なら売り込みを受け入れてくれるのかしらね」
 皮肉ったが、軽く笑われた。
「うちの会社は幅広いからね。水商売先にも売り込みに行くことだってあるんだよ」
「冗談でしょう」
「もちろん冗談さ。今日は二件、契約が取れたから、報告書を書いていたら遅くなってしまったのさ」
「どうだか」
 香苗は意地悪く笑った。宏隆も前を向きながら、同じく意地悪く笑う。
「信用できない?」
「信用しない方がおもしろいじゃない」
 住宅街を抜けて、国道へ入っていく。ここからは二十分とかからない。
「若いくせに、随分捻くれちゃって」
「ロリコンに言われたくないわね、そういう言葉は」
 香苗は見下すように笑っていった。宏隆は苦く笑う。
「ロリコンって。香苗はちゃんと十八歳だろ、もう結婚できる年だ。よって俺はロリコンじゃない」
「なに言っているのよ。私に目をつけたのは高一のときだって言っていた人が」
「しょうがないだろう、気に入っちゃったんだから」
 宏隆と香苗が始めて会ったのは、香苗が高校一年の冬だった。バイトを終えて帰宅すれば、両親に酌をされている宏隆がいた。新しい職場で一番に仲良くなった先輩だと、圭介は香苗に紹介した。圭介の隣で笑う宏隆は、まるで圭介と同い年のように馴染んでいた。まさか、圭介より四つも年が上だとは思わなかった。
 それから、宏隆は圭介に連れられてよく香苗の家に来るようになった。圭介は宏隆を大変気に入っていたし、宏隆も圭介を気に入っている、だからよく顔を合わせるのだと思っていた。巧妙に隠しながら、けれども確かに制服の上を滑る視線に、香苗は気が付いていなかったのだ。
 高校二年の夏休み、勉強の合間にリビングへと足へ向けたら宏隆が一人で座っていた。圭介はトイレだと言う。その時初めて、香苗は宏隆を男だと認識した。そういう目をしていたからだ。家族が周囲にいる時の視線と、二人きりの時とでは視線が違う。声色も、どこか粘着質に変わっていた。冷却シートのように冷たいくせに、吸着する声。
 二人きりの時間は長くはなかった。それでも機会を狙う宏隆の姿は獲物を狙う野生の獣のように香苗に映った。とって付けたような理由で名刺をもらい、その日のうちに、香苗は宏隆に連絡を入れた。
 獣に食べられる小動物の気持ちが知りたかった。
「ねえ、途中、コンビニ寄って」
「香苗の働いている?」
「ばか。絶対来ないで」
「なんで?」
 返事の代わりに、うっすらと笑顔のままの横顔を眺めた。何もかも知っている癖に、何も知らないふりをする。大人という生き物がずるいのか、この男がずるいだけなのか、香苗にはまだわからない。経験値が足りない。
「明日の朝ごはんと、飲み物。宏隆の冷蔵庫なにもないから」
「たった今見てきましたみたいな言い方するなよ。たまには自炊だってする」
「今日は?」
「空っぽ」
 ほら、やっぱり正解じゃない。香苗が笑ってやると、宏隆もだらしなく笑った。
「宏隆はなに買う?」
「ビールかな」
「ビール臭い口とキスするのはいや」
「わがままだな」
 声色だけで宏隆が苦笑しているのがわかった。わがままでも、受け入れてくれる。香苗は宏隆にわがままを言うのが好きだった。受け入れられる度、自分の価値が上がる錯覚に陥るからだ。
 国道を右折すれば一気に周囲が暗くなる。車は威圧的な高層マンションを目指して薄暗い商店街を進んでいく。ほとんどの店はシャッターが閉めてあって、香苗は人気のないこの道が好きだった。衰退してしまった街は、まるで遺跡だ。その中、煌々と輝くのはコンビニの明かりだけ。明るすぎるコンビニの照明は、遺跡をライトアップする明かりぐらいに不釣合いだ。
 香苗はコンビニに着くまでずっとその景色を眺めていた。取り残された切なさには哀愁が漂っていた。
 コンビニで買い物を済ませて、マンションの地下駐車場に車を止めるとすぐに宏隆の部屋へと向かった。真新しい宏隆の部屋からは芳香剤の香りだけが際立っていた。
 香苗は無言でリビングに入って行った。荷物は宏隆が持っているから、香苗は手ぶらである。一人暮らしには無駄に広いリビングの中、辺りを見回す。三日経っても、リビングだけは何も変わらない。変わったのはエアコンやテレビのリモコンの位置だけだ。洋服が散乱することもなければ、花が飾られているわけでもない。食器棚の中身もそのままだ。
「自炊なんてうそね」
 冷蔵庫に買ってきた朝食を仕舞い込む後姿に声をかけた。宏隆は振り返らずに答える。
「どうしてそう思う?」
「食器の位置が変わっていないし、食べ物の匂いがしないもの」
「こわいな、香苗は。浮気をしたらすぐにバレそうだ」
「そうでもないんじゃない? だって、嘘つくの、得意でしょう」
 笑って言えば、宏隆が振り返った。後ろ手に冷蔵庫を閉める。
「それは誤解だよ。隠し事が上手なんだ」
「同じことよ」
 テーブル前に設置された革張りの茶色いソファに腰掛けようとすると、宏隆に止められた。
「こんなところでなにをするつもりかな?」
 含み笑いは色っぽかった。香苗が乱した髪形の所為かもしれない。香苗も同じように笑って、座りかけた腰をあげた。
「せっかちね」
「男なんてみんなそんなものだよ」
「そうかしら。彼氏くんの方は、私の家に来ようともしないけど」
「それは男じゃないな。少年って言うんだよ」
 言われなくてもわかっていた。栄治を例えに出したのは、今のところ、香苗には比較対象が他にいないだけだ。
「そうね、そうだわ。で、男はこの後、どうするのかしら?」
「お姫さまをすぐに食べちゃうだろうね」
「シャワーも浴びず?」
「それも醍醐味だよ。終わった後に浴びればいい。先に部屋に行っていてくれるかな? お風呂にお湯をためておいてあげるよ」
「あら、紳士ね。ただの野獣かと思っていたわ」
「野獣になるのはこれからさ」
 それを捨て台詞に身を翻す。脱衣所の扉を開けようとして、思い出したように振り返って言った。
「噂の彼氏くんは、香苗がこんなに淫乱だなんて知ったら、どう思うだろうね」
 その顔はどこまでも醜く妖艶だった。
「さあ? きっと受験に失敗するわ」
 香苗は笑っていた。その笑顔に、黒ぶちの眼鏡はどこまでも似合わなかった。


テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

きむらゆりか

Author:きむらゆりか
コスプレ、アニメ、漫画、小説、読書、散歩、旅行、外食が好きな小説家志望の小娘。写真を撮るのも撮られるのも好き。
日本舞踊を習っていたおかげか遺伝か、着物が好き。
自分で着物も袴も着れちゃいます。
フリーライターだった、なぜか今の本業はほとんどモデル。ほんとなんでだ。

世界に溢れる「素敵」を、世界中の人と分かち合いたいなんて、そんな甘いことを考えている小娘です。
表現することが好きです。小説も、歌も、演劇も。
そして醜くて汚くて、つらいけれど、だからこそ美しい世界を愛している、そんな虚弱児です。応援してもらえると飛んで喜びます。

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